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原発を止めてしまって日本の経済をどうするのだ

以前、藤沢数希(@kazu_fujisawa)さんのつぶやきで、こんなのがあったんだ。

クジラを殺すのは可哀想って人に、ロジックで話してもしょうがないでしょ。

うまいこと言うよね。これって感情で話している人にいくら理屈で話しても意味がないって言ってるんだよね?
クジラを殺すのは可哀想っていう人に対して、「クジラが増えすぎると困る」とか「調査のため」とか言ってもダメ。いくら論理的に成り立ってても、感情論とはわかりあえないんだから。感情論に対するには感情論で。けど、そうなると、個人の場合は殴り合いになっちゃうんだけどね。
ま、つまり、感情で話す人には論理的に話しても意味が無いと。むしろ、食いたいから捕るって方が話は早いと思う。殴り合いになっちゃってもオレは責任とれないけど。

感情論 vs 正しい論理

いくら論理的に話を組み立てて、相手に納得してもらおうと思っていても、相手が感情的になってたら意味が無いし、逆に、感情的になっている人に対して、論理的に話しても意味がないと思うんだ。だって次元が違うんだもの。好きな食べ物の話をしている人と、好きなスポーツの話をしている人のように、二人の話から結論は出ない。特に感情論というのは結論が出にくい。感情ってのは簡単に言うと「喜怒哀楽」でしょ。喜怒哀楽から出ている感情的な発言には論理的に返事してもダメ。感情論ってのは感情的に同調できるか、同調できないかだけ。
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原発推進派の人 vs 原発反対派の人

原発推進派の人は経済の話とか安全性の話とかを理論的に話しているし、原発反対派の人も安全面に対する疑問とか再生可能エネルギーの展望とかを論理的に話してると思う。足りてないのは相手の言ってることをちゃんと聞いて理解する心だよな。この話は、相手の言ってることを、きちんと理解しようとしないという点において、お互い感情的になっていると思う。

感情的にならざるを得ない部分

ただ、原発推進派の人と原発反対派の人がいくら論理的に話し合いをしたとしても、肝心なのは実際に原発事故のせいで避難生活をしている人の感情を無視できないということだろう。避難生活をしている人たちのことをきちんと考えて論理的に結論が出せるというのなら、それは素晴らしいかもしれない。だけど、福島の人たちを論理的に納得させることは非常に難しいと思う。だって、彼ら怒ってるだろうし。つまり、感情的になっているんだよね。そりゃあ感情的にもなるよ。だって絶対安全ですって言われてた原子力発電所が大事故を起こしちゃったんだから。

原子力発電所の事故のせいで避難生活をしている人が感情的になることを非難できる人はいないと思う。クーラーが付いた涼しい部屋で、アイスを食いながらテレビを見ていた過去の自分が、原発事故の原因の一つだということを後ろめたく思っているのなら、せいぜい無視することぐらいしかできないだろう。無視ができないのなら、感情的に同調できるか、同調できないかだけ。

原発を止めてしまって日本の経済をどうするのだ

経済ベースの話ばかりしてもしょうがないと思うんだよね。原発推進派の人たちも人間だから、感情的になっちゃってる部分もあるんだろうけど、福島で避難生活を続けている人たちの感情を踏みにじってまで経済の話をするのはどうかと思うよ。経済が少しくらい停滞してもいいから、もう少し感情的に話をしてもいいんじゃないのかね。論理的に話さなきゃいけないところは論理的に話して、感情的に話さなきゃいけないところは感情的に話した方がいいと思うんだ。
感情的に話すってのは福島の人が可哀想か可哀想じゃないかってこととかね。

原発事故で避難生活をしている人が可哀想って人に、ロジックで話してもしょうがないでしょ。

絶対安全ですと言われていた原子力発電所が事故を起こして、そのせいで避難生活を続けさせられてる人がいる。その人たちが「どこそこの原子力発電所は安全だから再稼動しますよ」って話を聞いたらいい気はしないと思うよ。感情的に。で、その感情はあんまり無視しちゃいけないと思うんだ。
ちょっとぐらい感情に流される国であってもいいんじゃないかと思う。いや、むしろ、そのほうが日本的なんじゃないかと。


原発事故の報道と正しい世論について

今回の原発事故は、政府や東電からの情報の発信が非常に遅く、不確かで、そのことによって新聞・テレビ・ラジオなどの報道メディアからの情報も二転三転を繰り返した。

本来(通常時)、報道メディアは手に入れた情報をある程度、その影響力も考え、内容を巧みに操作した上で発表していたのだが、今回の原発事故に関してはそれができなかった。

というのも、報道メディアにしても自分たちが手に入れた情報が本当に正しいのかどうかわからないまま流していた部分もかなりあったと思うし、原発の周辺は立ち入り禁止区域に設定されていて、そこからの情報といえば政府、東電などごく限られた情報源からしか受け取れないからである。

これはつまり、政府、東電が情報操作をしようとすれば、いくらでも出来る状況にあるとも言えるのだが、その情報を欲し、待ち望む報道メディア、しいてはそれを受け取る一般の人にしてみれば、それしか情報がないわけだから、どれほど信じるかは別として、その情報を受け入れざるを得ないのである。

情報→報道メディア(情報操作)→一般人という流れでのニュースを受け取るとどうなるかというと、情報の発信源が複数だったとしても、報道メディアのフィルターを通した段階で、ある程度、内容の統制が取られてしまう。それは、世論をある方向へ向かわせるための情報操作であるともいえるのだけれど、結果的にそういった世論操作を目論んだ報道メディアの思惑で、小泉自民党の大勝、民主党への政権交代などが行われたのだと思う。

しかし、今回の原発事故についての報道の流れはそうではなかった。情報→報道メディア(情報操作があまりできなかった)→一般人という流れだったと思う。

これにより、例えば「原発は危ない」という情報と「原発は危なくない」という情報が同じメディアから流れたりした。これは、私個人としては非常に正しいあり方なのではないかと思う。

どんな出来事も受け取る人が違えば受け取り方が違う。これは当然のことで、最終的には情報を受け取った本人が判断すればいい。

その結果、今の日本の世論がどうなっているかといえば、原発反対派もいれば原発推進派もいるし、放射能汚染はそれほど酷くないという人もいれば福島県内の子供は全員避難したほうがいいという人もいる。それぞれが、それぞれの信じる情報を頼りに、それぞれの意見を出している状態だと思う。

経済が大事だと思う人は、経済のことを真剣に考えればいいじゃないか。
子供の未来が大切だと思う人は、子どもの未来のことを真剣に考えればいいじゃないか。

世論ってのは割れてこそ世論だよ。
メディアに操作されて、ひとつの方向にみんながワーッと向かっていくのは、正しい世論とは言えないのではないかと思うのである。


「がんばろう日本」って?

東京電力が賠償金を払えば電気料金が上がる。

国が賠償金を払えば税金が上がる。

どちらにしても国民負担。

「がんばろう日本」


オール電化にしましょう

つーかさ、くだらないブログをもっと書こうと思ったんだけど、最近「何を書こうかなぁ」って考えると、なんか震災のこととか原発のこととか思い浮かんじゃうのよ。まあ、何を書いてもたいしたものにはならないから、書き捨てちゃってもいいんだけどさ。けど、書くとなると、それなりに色々と調べたりしてそれなりに書きたいのね。そんで、そんな時間がないから結局なにも書かないまま時間が過ぎて行っちゃうんだけどね。で、まあ、いまさっき思い至ったところが中途半端でも書いちゃって吐き出しちゃおうと。どうせ、くだらないブログなんだし。

という意味の分からない前置きを入れて原子力発電所について書いちゃうわけなんだけど、まずさ、原子力発電所を止めてしまうと電力が足りなくなるってみんな言うじゃない。ついこの間まで「オール電化にしましょう」とか言ってた人もいるのに。

つまり、(あえてCO2の削減について触れなければ)電力が余ってるから「オール電化にしましょう」って話じゃなくて、原子力発電所がないと困るって状態をつくった上で、新たな原子力発電所をつくる名目のための「オール電化にしましょう」だったってことなのかなって思ったんだ。

けど、これ、企業努力としては正しい方向だよね。だって、東京電力だって商品つくって売るのが仕事なんだもん。「電気製品を買ってください」とか「電気をもっと使ってください」なんてのは企業としてやらなきゃいけない当然の企業努力なわけで。

大きな地震がきて、原子力発電所でトラブルが起き、たくさんの人に迷惑がかかってしまった現実を考えれば、結果的には「許せない企業努力をしていた」と言われてしまうのはしょうがないけど、なんせ想定していなかったんでしょ。ちょっとバカだなぁとは思うけど、まあ、想定できていなかったのだからしょうがない。

で、問題はこれからだよな。これからどうするのか。

電気が足りないっていうけど、ちょっと調べたら夏のピーク時の電力需要ってここ数年減ってきてるんだよね。そりゃそうだろうと思うよ。エアコンだって冷蔵庫だって、新しいものは古いものより消費電力は少ないんだし、そもそも少子高齢化とか言ってんだから人口が減るんだよ。実際、減り始めてるのね、人口。数年前、夏のピーク時の電力需要って6000万kwとか超えてたよね。この夏の予想電力需要はピーク時で5500万kwって東電が発表してたけど、電力需要減ってんじゃん。なんで、原発バンバンつくる必要があるのさ。

またまた、言うけど企業努力としてはね、仕入れ原価を安くするってのは正しいと思うの。火力発電と原子力発電を比べて、原子力発電のほうが安く電力を作れるのなら、原子力発電所で電力をつくりたいってのは正しいよね。そのほうが儲かるから。ま、おかげで電気代も多少安くなってオレたちの生活も恩恵を受けるんだけどさ。

いや、でも高いんだぜ、日本の電気代。アメリカの3倍くらい?多分そんくらい。

でね、今回の事故みたいなことが起こった時のために、補償費用とかを電気料金に盛り込むとなると、電気代は今の3倍くらいにしないと割に合わないんだって。じゃあ、原子力やめろよって思っちゃうよね。

結果的に事故が起っちゃったわけだから、結果論で話すのは当然なわけで、結果論で書くと「原子力で発電すると安いけど、事故があった時の補償額はハンパない」ってことで、企業としての収支は明らかなマイナスでしょ。結果論として。

もうやめましょうよ原子力発電。理由は簡単。何もない時は儲かるけど、何かあったら会社の存続が危ぶまれるほどのダメージを受けるから。東電の株主も今回の事故で大赤字でしょ?ほかの電力会社の株主さんはどう思ってるんだろう。何もない時の儲けを考えて、想定外の事故が起こる可能性には目をつぶるか?想定外の事故ってのは一発目の時にしか使えないんだぜ?次に同じことが起これば「想定外」は使えないの。

何を「想定」しなきゃいけないのかというと、「想定外の事故は起こる」ということを想定しないといけないわけで、なんだこりゃトンチか?つまり無理でしょ?いや、そう言っちゃうと元も子もないから、少なくとも15メートルくらいの津波がくることくらい想定してみなよ。実際、福島にはきちゃったわけだし、想定しやすいでしょ。想定してみて、15メートルの津波がきても大丈夫と思うのなら稼働し続ければいい。ダメなら大丈夫なように直せばいい。それまでは浜岡原発みたいに一時停止してみればいいんだよ。止める勇気をもってほしい。

そのせいで、電力が足りなくなって困る人もいるかもしれないけど、いま福島の人が困ってるほどは困らないでしょ?
火力発電所で発電すると経費がかかって電力会社が困るかもしれないけど、いま東京電力が困っているほどには困らないでしょ?

ということを最近思ってました。